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04月03日更新
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倉木麻衣
倉木麻衣(くらきまい)は、日本の女性歌手である。千葉県船橋市出身。血液型B型。デビュー後大阪府枚方市に転居。 1999年、当時17歳でリリースしたデビューシングル「Love, Day After Tomorrow」がプロモーションとしてのTV出演もなく、更にはノンタイアップにも関わらず売上140万枚の新人としては異例の大ヒットとなる。さらに、デビューシングルが大ヒットしているさなかに発売された2ndシングル「Stay by my side」もノンタイアップながらオリコン初登場1位を記録、自身3位のシングル売り上げ枚数となる。 続く3rdシングル「Secret of my heart」は初のタイアップがつきオリコン2位に初登場し出荷枚数にして100万枚を突破する記録的大ヒットとなった。 -
DREAMS COME TRUE
DREAMS COME TRUE(ドリームズ・カム・トゥルー)は日本のバンドで、一般的な略称はドリカム。Vo.吉田美和(よしだみわ)、Ba.中村正人(なかむらまさと)の2人組。所属事務所はDCT entertainmentで、所属レコード会社はユニバーサルミュージック、DCT records。ファンクラブ名は「POWER PLANT」である。代表曲は「決戦は金曜日/太陽が見てる」「go for it!/雨の終わる場所」「サンキュ.」いずれもミリオンセラーとなり、中でも「LOVE LOVE LOVE/嵐が来る」は200万枚以上を売り上げた。 -
竹内まりや
竹内まりやは、日本のシンガーソングライター兼ミュージシャンである。本名も同じで夫は山下達郎、二人の間には娘がいる。代表曲は「純愛ラプソディ」「駅」「シングル・アゲイン」などがある。竹内まりやは1978年にシングル「戻っておいで・私の時間」、アルバム「BEGINNING」でデビューを果たす。アイドル不在の時期だったため、デビュー当時はアイドル歌手としての活動も目立った。1979年にシングル「SEPTEMBER」で第21回日本レコード大賞新人賞を獲得し、1980年に「不思議なピーチパイ」がヒットした。この頃から自身で作詞・作曲も手がけるようになる。またこの頃に山下達郎と出会い、公私に渡る関わりを深めていく。1981年に喉の不調や自分の希望する歌手としての立ち位置とアイドル的な活動のオファーに対するギャップに悩み、一時活動を休止。翌年山下達郎と結婚後、メディア露出がほとんどなくなった。家庭生活を優先したため、ライブ活動からも遠のく。しかし同時に作詞・作曲家としての活動を開始し、多くのアーティストに楽曲を提供。河合奈保子の「けんかをやめて」などがヒットを放った。2000年以降は子育てがひと段落し、再び積極的に新譜リリースを再開。2013年には出身地である出雲市からの依頼で、出雲大社60年に一度の大遷宮を記念した「愛しきわが出雲」を書き下ろして提供した。代表曲は「純愛ラプソディ」「シングル・アゲイン」「明日のない恋」である。 -
中森明菜
中森 明菜(なかもりあきな1965年7月13日生まれ)は、日本の歌手、女優。本名同じ。東京都大田区生まれで清瀬市育ち。明治大学付属中野高等学校定時制中退し、研音、コレクション、コンティニュー、N.A.P.C、楽工房を経てFAITH(ファイス)所属。所属レーベルはユニバーサルJ、ユニバーサルミュージック内の私設レーベル歌姫レコーズ。 16歳の時に出場した日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生!」合格をきっかけに、ワーナー・パイオニアとのレコード契約を締結した。1982年にシングル「スローモーション」でデビュー後、2枚目のシングル「少女A」がヒットする。 以降も「北ウイング」、「飾りじゃないのよ涙は」など連続してシングル・ヒットし、1985年の「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」と1986年の「DESIRE -情熱-」で2年連続で日本レコード大賞を受賞する。[2010年10月、体調不良により芸能活動の無期限休止を発表。 2014年12月31日、第65回NHK紅白歌合戦に「スペシャルゲスト」として、ニューヨークのレコーディングスタジオから生中継で登場する。 4年3か月ぶりに芸能活動の復活を果たした。 -
ZARD
ZARDとは、坂井泉水さんが中心となって活動していた音楽ユニットですが、坂井さんだけを指すことも多いです。坂井さんが入院し亡くなるまで活動していて、たくさんの名曲を世に送り出してきました。ZARDの曲の特徴は、人に勇気や感動を与える歌詞と、透き通ったきれいな声です。世代を超えて愛されており、新曲が出なくなった今でも多くの人がききつづけています。男女問わず、年齢も問わず、坂井さんが亡くなった後には特別番組が放映されるなどするほど愛されているアーティストなのであります。 代表曲といわれているものはたくさんありますが、なかでも『負けないで』や『揺れる想い』、『マイフレンド』はミリオンセラーになりました。そのほか、有名アニメの主題歌として使用された曲らもとても有名です。これらの代表曲は今でもさまざまな場面で使用されており、いまでもCDを購入する人もたくさんいます。テレビ番組の中で使用されることも多くあります。" -
小泉今日子
小泉今日子と聞くと、アイドルという言葉が、まず出てきます。ずっとトップアイドルであり続ける才能のある人です。代表曲といってもあまりに沢山あって、数えきれない程ですが、あげてみると、デビューは「私の16才」で、「渚のハイカラ人魚」「ヤマトナデシコ七変化」、「なんてったってアイドル]この曲ではアイドル自らが自分の事を、アイドルと歌うという初めての試みをしています。「学園天国」は、フィンガーファイブのカバーをしています。最近ではドラマの挿入歌「潮騒のメロディー」で、ヒットをだしています。 歌手としてだけではなく、女優としても活動の幅は広く、ドラマ、映画、舞台とこちらでも代表作があり、ドラマに主演するとともに、主題歌を歌うという事も多くあります。 いわゆる普通のアイドルとは少し違う、自分というものを表現する事に、妥協を許さない姿勢を貫いているようです。 愛称は、キョンキョンで、ファッションも自分らしく、これからも年をとっても目が離せないまさにトップアイドルです。 -
Every Little Thing
Every Little Thing(エヴリ・リトル・シング)は、1996年8月にデビューした日本の音楽グループである。通称ELT(イー・エル・ティー)。持田香織(もちだかおり)、伊藤一朗(いとういちろう)の2人組。エイベックス所属。デビュー時は元メンバーの五十嵐充(いがらしみつる)を含む3人だった。楽曲の作詞はほぼ全て持田が行っており、作曲を手がける事もある。代表曲は「恋文」や「Time goes by」、「fragile」等がある。 -
今井美樹
今井美樹(いまいみき)は、日本の歌手、女優である。宮崎県生まれ。2012年8月より家族でロンドン在住。夫は、布袋寅泰。 現在では、歌手活動に重心を置いている。 1986年、『黄昏のモノローグ』で歌手デビュー。1991年、長編アニメ映画『おもひでぽろぽろ』で声優として出演。この後も、テレビ番組やプラネタリウムのナレーターなどの活動を行う。ドラマ『あしたがあるから』に主演。その主題歌『PIECE OF MY WISH』も今井自らが歌い、自身初のミリオンセラーとなる。 1996年、シングル『PRIDE』が自身最大のヒット。2000年1月、約9年ぶりのドラマ『ブランド』で主演し、自ら歌った主題歌『Goodbye Yesterday』がヒットする。 -
久石譲
久石譲(ひさいしじょう)は、日本の作曲家、編曲家、ピアニスト、指揮者である。 1950年12月6日生まれ、長野県中野市出身。 4歳からヴァイオリンを習い始め、幼少の頃は父親に連れられ年間300本もの映画を見ていた。 国立音楽大学作曲科在学中からコンサートのプロデュースや楽曲提供を行う。 またミニマル・ミュージックに影響を受け、現代音楽の作曲家として活動を開始する。 1984年、宮崎駿監督のアニメ映画『風の谷のナウシカ』の音楽を担当。 以降『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』、『魔女の宅急便』などのジブリ映画を担当し、作曲家としての地位を確立する。 その他、北野武監督の映画『HANA-BI』や、滝田洋二郎監督の映画『おくりびと』など、映画を中心とした有名作品の音楽を続々と手がける。 また2001年には映画『Quartet カルテット』で自ら監督デビューを果たした。 その他の代表的な映画作品は、『紅の豚』、『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』、『ハウルの動く城』、『崖の上のポニョ』、『風立ちぬ』、『菊次郎の夏』、『釣りバカ日誌2』、『男たちの大和/YAMATO』、『私は貝になりたい』、『悪人』、『東京家族』など。 -
Princess Princess
Princess Princess(ぷりんせすぷりんせす)は、日本のガールズロックバンドである。活動期間は1983年~1996年および2012年~2016年。ガールズバンドのパイオニアとなり、ヒット曲を連発。女性のみで構成されたバンドの中で、商業的に日本で最も成功したグループである。略称は『プリプリ』。代表曲は多数あり、「世界でいちばん熱い夏」「M」「ジュリアン」「Diamonds」「だからハニー」など。1996年解散。その後、2012年1月6日、東日本大震災をきっかけに再び集結、復興支援として、1年間の期間限定で16年ぶりの再結成を発表している。 -
SixTONES
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さだまさし
さだまさしは、音楽活動を始めて、40年にもなるシンガーソングライターです。最初は、二人組のグレープというグループで、活動を始めました。その頃の代表曲は、「精霊流し」というとても有名な曲です。ソロになってからも、沢山の曲があります。「雨やどり」は、笑いがもれるような、面白いところのある曲ですが、「もうひとつの雨やどり」という曲は、女の子の細やかな感情を歌った、別のバージョンの雨やどりで、このことからもわかるように、とても才能のあるシンガーです。 曲は、「案山子」「親父の一番長い日」「関白宣言」等あげだしたらきりがありません。 シンガーソングライターとしてだけではなく、本の執筆をしたりなど、多彩な活動をしています。原作本が、映画になり、映画を観た若い人は、そこからさだまさしを知り、曲にはいっていくという事もあるようです。 おしゃべりも面白く、2013年の7月19日の段階で、もっとも多くのソロコンサートを行ったシンガーになっています。 アルバムの中に入れる曲をファンが選んだところ、今までで一番の曲は、「主人公」になりました。 -
Snow Man
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椎名豪 featuring 中川奈美
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timelesz
Sexy Zone(セクシーゾーン)は、日本の男性アイドルグループである。ファンの間では「セクゾン」と呼ばれることが多い。メンバーは中島健人(なかじまけんと)、菊池風磨(きくちふうま)、佐藤勝利(さとうしょうり)、松島聡(まつしまそう)、マリウス葉(マリウスよう)の5人組。所属事務所はジャニーズ事務所で、所属レコード会社はポニーキャニオンである。ジャニーズ歴代最年少14.2歳でデビューした彼らの代表曲は、「Sexy Zone」や「Lady ダイヤモンド」等がある。 -
近藤真彦
近藤 真彦(こんどう まさひこ1964年7月19日生まれ)は、日本の実業家、歌手、俳優、タレント、レーシングドライバー。 ジャニーズ事務所所属。血液型O型。身長170cm。ニックネームはマッチ(名付け親はジャニーズ事務所の先輩である松原秀樹)。 神奈川県出身。また、レーシングチーム「KONDO Racing」を運営する株式会社エムケイカンパニー代表取締役社長兼チーム監督としての 顔も持っている。1977年中学一年の時にジャニーズ事務所に入所。1979年10月TBSのテレビドラマ「3年B組金八先生」の生徒役でデビューする。 同じく生徒役だった田原俊彦、野村義男とともに「たのきんトリオ」としてその後活躍。その後ソロ歌手デビューし、1980年代を代表する男性アイドルとして、「ザ・ベストテン」や「ザ・トップテン」などの歌番組を中心に活躍していた。。1981年と1983年のブロマイド年間売上成績で 第1位を獲得する。1987年の「第29回日本レコード大賞」において「愚か者」で大賞を受賞した。 芸能活動とは別に、レース活動も行っており、1984年に富士フレッシュマンレース第2戦に参戦する。このとき、35400人の観客を動員した。 その後、「日本一速い男」の称号を持つレーサーの星野一義のもとでレース活動を始め、1988年から1993年にかけては、全日本F3選手権に参戦した。代表曲には「スニーカーぶる~す」、「愚か者」、「ギンギラギンにさりげなく」「ミッドナイトシャッフル」「ふられてBANZAI」など多くのヒット作を出している。 -
上木彩矢 w TAKUYA
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木村弓
木村弓(きむらゆみ)は、大阪府出身の歌手・作曲家である。2001年スタジオジブリ映画『千と千尋の神隠し』の主題歌「いつも何度でも」で一躍脚光を浴び、同年のNHK『第52回NHK紅白歌合戦』に特別ゲストとして出演し同曲を歌唱。日本レコード大賞金賞(いつも何度でも)受賞。第56回毎日映画コンクール音楽賞、日本アカデミー賞主題歌賞受賞。 -
Ryu
Ryu(りゅう)は、大韓民国の忠清南道出身の歌手である。 日本では2004年、『冬のソナタ』のテーマ曲、『最初から今まで』や『My Memory』を歌ったことで知られている。2004年3月10日にはNHKホールで行われた日本ゴールドディスク大賞の授賞式で大賞のサウンドトラック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞した。またこの年、全国21ヵ所で「冬のソナタコンサート featuring Ryu」を開催し総観客数、約6万人を超えた。同年、第46回日本レコード大賞で特別賞を受賞し、第55回NHK紅白歌合戦にも初出場した。 -
岡村孝子
岡村孝子(おかむらたかこ)は、シンガーソングライターである。愛知県岡崎市出身。父は岡崎市議会議長を務めた岡村秀夫。 アルバムのセールス枚数は、総計600万枚を超える。 同級生の加藤晴子とデュオの「あみん」を結成。1982年に、ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)でグランプリを受賞した「待つわ」がヒット曲となる。 ソロとして1987年に「夢をあきらめないで」を発表する。応援歌的な内容が幅広い層から支持を集め、岡村の代表作となった。「24時間テレビ」に起用されている。